元自にーさん(元自衛官)の自衛隊ブログ

新隊員、自衛隊や自衛官に興味がある人に自衛隊について色々と学んでもらえるようなブログを目指しています。

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陸上自衛隊高等工科学校:受験~入学~卒業~目指す人へメッセージ!

      2016/12/12

現在は高等工科学校と言いますが、私は少年工科学校を19期生として卒業しました。

ある日、父親がこんな学校が横須賀にあると話を持ちかけたのがきっかけでした。自衛官になるというより給料がもらえる職業学校というイメージでしたので行くことには抵抗はありませんでした。ちょうど反抗期が始まる頃でもあり「家を出れる」が何より魅力でした。

私の父は血がつながっていますが母は継母です。父は自動車セールスをしていました。ふた事目には勉強しろと言っていましたが、勉強しろと言われてした勉強が役に立つとは思いません。たまに家にいるかと思えばいつも怒ってばっかりで嫌いでした。継母はそれを知ってか、私が何か悪いことでもしようものなら「お父さんに言うよ」が口癖でした。家には自分の居場所がないと思っていましたので少年工科学校は救いの神だったのです。

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陸上自衛隊高等工科学校に入学するまで

受験勉強

高校受験は八女工業高校を目指していました。父が嫌いと言いながらも車が好きでしたので自動車科がある工業高校に行きたかったのです。当時通っていた中学校に自動車クラブを作り、近所の鉄工所に通って自分で鉄骨を溶接してフレームを作り、安く手に入れたカブのエンジンを移植してゴーカートのようなものを作りました。

何も考えない私は、田舎道なら大丈夫だろうとエンジンをかけて道を走らせていたところ対向車を避けきれずに田んぼに転落させてしまうという失敗をしたこともあります。

そんな私でしたが、少年工科学校も将来いろんな仕事ができるようにパンフレットに書かれていましたので、「どちらに行ってもいいかな。でも家から離れられる方がいいかな。」などと考え受験勉強を始めました。勉強は特別なものはなく公立高校入試の勉強そのものでした。

まだ中学生ですから自衛隊の過去問を見たいとか傾向はどうかとか何も考えていませんでした。中学校の先生に相談したら一言「難しいよ、君の成績では多分無理」と言われました。全国から受験しますので競争率は高いのです。しかし、成績のいい人は進学高に行って大学に行く普通のコースを歩みます。高等工科学校はやや訳ありの中学生がそこそこの勉強をして受験しますので、競争率が高くてもすこし頑張って抜き出れば合格すると思います。

結果発表

受験会場は久留米の幹部候補生学校でしたので、発表当日、授業に遅れる連絡をして自転車で発表を見に行きました。結果は合格、何人かの名前を貼りだされていました。中学校の教室に行くと、みんなが心配そうな顔で後ろを振り返りましたので「合格」とマルを手で作ったところみんなワーッと喜んでくれました。

先生は「授業中だ、静かに」とか言って取り合わなかったのが不思議でしたが、教師は自衛隊をよく思っていないのではということを感じました。卒業後の進学先の一覧にも私の事は書いてありませんでしたから。

八女工業高校も合格しましたが、横須賀に行くと決めていましたのでキャンセルをお願いしました。

少年工科学校は発表が早い上に入校願書を書いて送るのを求められます。高校のすべり止めにされると最後まで入校者が確定できないからです。合格発表が終わったら、「入校します」の意思表示をしなければならないのです。

入校時身体検査

少し心配があるとすれば入校する時に身体検査があることです。若いので尿タンパクなどすぐ出ます。

尿タンパクが出ないようにコーラをがぶ飲みしたらいいなど言われて再検査前に飲みましたが効果はなく、私は入校時身体検査で不合格になりました。

辞めて帰る前に自衛隊中央病院で精密検査を受けるように指示され、検査を受けて夜行列車に乗って帰ったのです。

帰っても高校は断っているしどうしようなどと考えましたが、君は無理と言った中学の先生には連絡する気になれず、小学生時代の先生に電話したところ、八女工業高校に入れるように言ってあげるよと言っていただきました。もう何年も前に亡くなられましたが本当にあのときはお世話になりました。
精密検査の結果は異常なしでした。再合格の連絡を受け、トンボ帰りに少年工科学校に戻りましたがすでに入校式が終わっていました。私だけ入校日が遅くなりましたがどうにか入校はできたのです。

待遇

私の時代は自衛官としての階級がありました。それに応じて給料をもらっていたのです。今は学生身分ですので学生手当(月額96000円)が支給されます。多いようですが、休暇で家に帰る旅費やクラブで使うジャージ・靴など買っているとすぐなくなります。私もそうですが家が貧しい家庭から来た人などは仕送りをしていました。

生活に必要なものは貸与されます。制服はもちろん、靴下や長袖のシャツ、ズボン下なども貸与ですので自分で準備するのは下着のシャツ・パンツくらいです。

観閲行進 (2)



陸上自衛隊高等工科学校に入学後

毎日の生活

もともと怠け坊主なので朝起きるのが辛かったです。6時にラッパが鳴ると泣きたい気分でした。もっとゆっくりしたいのですが、起床と同時に忙しい一日が始まります。ベッドはきれいに畳まなければ先輩からひっくり返されます。私の時代は約40名全員同じ部屋に2段ベッドで寝ていました。

今は6人とかもっと少人数で生活していると思いますが、自衛官を育てる寮生活ですので規律は厳しく躾けられます。窮屈な生活がいやで辞める人もいました。しかし、2年間が頑張りどころです。3年生になれば天下ですから。

ご飯は食堂で食べますが育ち盛りに十分なカロリーとメニューですので満足できると思います。私はひょろひょろの中学生でしたので、今の私に育ててくれたのは自衛隊のご飯だと思っています。

精神面の強さも自衛隊のおかげです。自衛隊は人間を育てることにはピカイチの場所なのです。お風呂に入るのは少し恥ずかしいものがありました。大勢が一緒に入る中でまだ毛も生え揃っていませんでしたから。それもすぐに慣れましたが。

楽しみなこと

食堂の横に売店があっていつもマスクをしたきれいな店員さんがいました。マスクを外したところを見た学生はとても羨ましがられていました。

私は最後まで見ることはできませんでしたが透き通るようにきれいな瞳が今でも忘れられません。何か買いに行って言葉を交わす時の喜びは初恋と言ってもいいものだったと思います。

当時、テレビは娯楽室に1台あって、毎日朝食の後のわずかなひと時に集まって見ていました。

天気など各地の様子が映されるニュースを見るのですが、自分の町が映されると「ウォーッ俺の町だ」と喜んでいたのです。あの頃は、小泉今日子や松田聖子などがテレビに出ていると聞くと慌てて集まり、たまらなく大騒ぎして喜んで見ていました。

実家からみかんやリンゴ、栗などを送ってくるとロッカーにしまって仲のいい友達にだけお裾分けをしていました。

私も一度したくて柿を送ってくれと頼み、みんなにお裾分けをしたことがあります。継母は離れてみると優しいところがあると思いました。高等工科学校は早くに親元を離れるのであまり反抗したりすることがないことも良いところだと思います。

外出

体育クラブの試合や休みの日の練習があるとなかなか外出は思うようにできませんが、何とか理由をつけて遊びに出ていました。私は田舎者で東京に行くのが好きでした。

京浜急行に乗って品川から山手線で新宿に友達と何度か行きました。外泊許可を取って行ったこともあります。夜中にうろついていると警察に呼び止められて署まで来るように言われるのです。

「持っているものを全部出しなさい。」などと言われて身分証明書を得意げに見せるのですが、なんでこんな時間にうろついているのだと説教を受けました。

変な店に入ってぼったくりにやられた人もいましたし、私も呼び込みに誘われて暴力バーに入り、身分証明書を取り上げられ、金額は忘れましたがいくらか持ってくるよう言われました。東京に住んでいた親戚のおじさんに頼み込み、お金を借りて払いに行ったことがあります。おじさんには後日給料で返しましたが、コテンパンに叱られましたのであまり感謝の気持ちはありませんでした。

勧誘に引っかかって年間有効の映画券など怪しいものを買ってくる人もいました。

当時どんなルートがあったのかよく覚えていませんが女の子とデートをする機会もありました。興味はあったのですが女の子と話す話題もなく離れて歩くのが精一杯でした。

少年工科学校は、YTSカットと言ってスポーツ刈りの前髪だけ少し長めのヘアスタイルでしたので外出ではすごく目立つので、何人かでウィックを買って使い回しをしていました。

それをかぶってサングラスをして街を歩くのですからかえって目立っていたかもしれません。バスや電車に乗ると女の子がくすくす笑っていましたから。

休暇

夏休みには友達に家に何人かで遊びに行くのが流行りました。私の家にも何人か泊まりに来ました。みんなで列車に乗って「次はお前の家だ。」などと旅行するのはとても楽しいものでした。

おばあちゃんなどが話す田舎の方言が分からないのもよその国に来たようで新鮮でした。バレーボールが得意なA君はすでに他界しましたが、冬休みに私を雪がしんしんと降る新潟の家に招いてくれて、ちゃんちゃんこを着たかわいい妹と遊んだことを覚えています。

退職

シャバに戻ると言って辞める人もいました。営内の2段ベッドは上下の学生がベッド親友といって何かとペアを組む機会がありましたが、そのベッド親友は高校中退の1年年上でしたが何をするのかはっきりしないで辞めていきました。

ミシンのセールスマンになると言って辞めた人はとても仲良しでしたので本当に残念でした。喧嘩をして何十人もごっそりやめることもありました。当時は1学年が500人いましたので、ほんとにいろんな人がいてちょっとしたことで喧嘩もありましたし、卒業までに100人くらいは辞めていったと思います。

こっくりさん

夜中にこっくりさんをする人がいました。字を書いた紙を広げて目をつぶり、何か唱えると乗り移るというのです。

確かに十円玉に乗せた指が字の上をなぞって何かを表しているようでした。オカルト物は怖くて好きではありませんので触らぬ神に祟りなしと離れて見ていました。

溺死事故

昭和43年生徒12期の話ですが、航空自衛隊基地を作るために土が必要になり学校内の敷地を掘る工事がありました。

掘った跡が大きな穴となり雨が降ると溜池のようになったのです。この溜池にロープを張り渡河訓練をしたところロープが弛みつかまっていた生徒が溺れました。

銃を担いでいましたしヘルメットに半長靴の重装備でしたので泳ぐこともままならず、助けに入った生徒を含め13名が溺死したのです。

毎年、慰霊祭を行いますが大変な大雨の日になります。夜になると不寝番といって交代で建物の入り口に立って警備をしますが、鏡に人が映ったとか誰かが洗面所で顔を洗っていたとか怖い話が続きましたので、学校挙げて慰霊式、除霊式をしました。その後そのような話を聞かなくなりましたが慰霊祭は今もしていると思います。

クラブ活動

体育クラブはいろいろあります。私はラグビーをやってみたかったので希望しましたが、教官からは、私は体が小さかったのでやめとけと言われました。

どうしてもやるなら途中で辞めるなよと言われ、辞めない約束でラグビー部に入部しました。案の定ラグビーができる体ではなく、試合もろくに経験しませんでしたし、毎日の練習が苦痛でしたが、辞めない約束だったので3年間我慢して辞めませんでした。卒業後に自分にはもっと合ったクラブがあったのではと少し心残りでした。

やってみて自分に合わないと思えばクラブをかえてもいいと思います。やってみなければわかりませんから。

授業

2年生までは高校の勉強が主体です。自衛隊課目もありますが比率はほとんど高校の授業と言ってもいいくらいです。英語や数学、物理などは高校教師が職員として学校にいますので自衛隊らしくない普通の授業風景です。

女の英語の先生がとてもきれいに見えてみんな憧れていました。中には手鏡で見ようとする生徒もいましたが自分もしたいと思うくらい興味がありました。

3年生になると職種に分かれます。通信、武器、航空、施設、特科など専門職の勉強をします。私は通信でしたので久里浜にある通信学校で基礎電子教育を受けました。

自衛隊課目

戦闘訓練や射撃、演習などもあります。私の時は富士演習場だったと思いますが、夜露で戦闘服も濡れる中、全員で朝方まで歩きました。

歩いていると前の方から何か手渡しで渡ってきました。なにかと舐めてみると氷砂糖でした。真っ暗な中を歩く怖さの中でみんな一緒の心強さ、団結心が生まれたと思います。

射撃は300m先の的を狙って撃ちますが、小銃ですのですごい音と反動でびっくりして当たりはしませんでした。

自衛隊観閲式

制服を着て銃を携行し自衛隊観閲式に参加しますが、きれいな行進を見せるためにかなり練習をします。左右の人とぴったり合うまで何度でもやり直します。

参加者は2年生から3年生のほぼ全員だったと思います。航空機の飛行や戦車、装甲車を身近で見られますし、大勢の観客の前でぴったり合った雄姿を見せるのは気持ちがいいものです。

ただ待ち時間が長いので倒れそうになります。貧血気味の人は注意して下さい。

趣味

当時は、ソニースカイセンサーやクーガというラジオが流行しました。戦闘機の計器みたいというと言い過ぎでしょうか、格好よかったのです。

ソニーリトルジョンなどというCB無線機も流行りました。「ハローCQ・・」などとアマチュア無線のように呼び掛けてそれを聞いている人と取りとめのない話をして楽しんでいました。

相手が誰なのか分らないところが新鮮でした。当時は、吉田拓郎、泉谷しげる、南こうせつなどフォーク界が誕生した時代でしたのでフォークギターも大流行りでした。

夕ご飯を食べてお風呂に入り、一息ついてから自習開始の19時までのわずかな時間に何人かでギターを弾いて歌ったりして楽しんでいたのです。自己流なのであまり上達はしませんでしたが。

卒業してから

3年間の教育を修了すると卒業します。その後、各方面隊で陸曹教育、特技教育などを受け4年で3等陸曹に昇任します。もう学生ではありません。

自衛官として部隊に配置されるのです。ここからが活躍の場となります。部隊はとても期待しています。一番若い3等陸曹ですが、各分野での技術のプロとして技を磨き部隊を支える力となるのです。

車の大型免許を取得したり部隊によっては大型特殊や牽引免許も取得すると思います。活躍の場面はたくさんあります。運動が得意な人は競技会の主力選手として活躍する人もいるでしょう。

調理が好きな人は駐屯地食堂で臨時勤務をして調理の腕を磨く機会もあります。空挺隊員やレンジャーなど特殊隊員を希望する人もいると思います。私のようにヘリパイになる人もいると思います。

苦しくても負けないで

どんな仕事をするにしても下積みから大変な努力が必要なものです。高等工科学校は何も知らない中学卒業生が高校の勉強や自衛隊の事を勉強し、体を作り精神を鍛える、まさに自衛隊の基礎を作るところです。故郷の中学生の同級生は楽しく高校生活、大学進学をしている人が大半だと思います。

そんな中、高等工科学校で窮屈な苦しい生活をするのがいやになる人もたくさんいます。しかし、入学する前にそのことは覚悟していたことと思います。

なんのために高等工科学校に入ろうと思ったのか思い出して下さい。ただ家を出たいからですか、お金がほしいからですか、それだけではないと思います。

卒業後の自分を描いて見て下さい。自衛隊にはあらゆる道があります。試験を突破すれば更に道は広がります。陸曹から幹部への道、航空学生になって戦闘機に乗る道を歩いた人もいます。

防衛大学校や防衛医科大学校だって夢ではありません。

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高等工科学校を目指すあなたへ

私には大学に通っている子供がいますが、将来何になるか2年生の今でも決まっていないようです。働かなければいけない事はわかっていますが、何をしたいのか何に適しているのか分らないようです。

大学生でもそうなのですから中学を卒業して高等工科学校への入校を考えている人に将来を考えてといっても難しいでしょう。はっきり言えるのは、高等工科学校は、自衛官を育てる学校ですので自衛隊で国を守る仕事をするのは間違いありません。

その中で何をするのかは、3年生で職種に分かれる時が一つの分かれ道です。通信などはいろんな職種に道が開けますがそのほかの職種はその道のプロになる教育をします。

適性なども考慮されますので、自分ができるだろうかと心配になるような職種に指定される心配はありません。

どのような仕事でも身につければプロとしてやっていけます。私のようなひょろひょろの中学生でも、体力・技術・精神力をつけた3等陸曹に育ててくれた少年工科学校に感謝しています。お陰でヘリパイの仕事ができたのですから。

ライター:元航空学校教官

 - 入隊希望者へ




kotirade

Comment

  1. 江上 由美 より:

    とてもいいお話が聞けて感謝します。
    年明け早々、長男が受験します。もう、親子で精神的に苦痛の毎日です。受かるはずもないレベル高い学校を受験させるのですから、少しは過去問でもしてくれたらいいのですが、この過去問も難しくて、息子が嫌気さすのもわかります。受ける気満々ですが、勉強が付いていかない…。
    今年観閲式に行った時、たまたま隣にいた夫婦と知り合いになりました。その夫婦の息子さんは、現在二年生らしいです。過去問があることも、この夫婦から聞きました。
    冬休み、少しでも過去問と向き合ってもらおうと思います。

    • 元航空学校教官 より:

      ご長男が受験されるとのことで今が一番苦しい時かと思います。
      数学、物理、英語は基本がわかっていないと過去問も解けませんので、見慣れた参考書を繰り返し解いてみて出来ない所をなくす事が必要だと思います。
      過去問は、何年分か解いてみると何の知識を要求されているのかだんだんわかってきますので、是非やってみて下さい。

      あまり真剣にのめり込むと試験前に体調を壊したり、眠れなくなったりして努力が水の泡になりますので、試験の1週間前まで頑張ったなら、あとは「ドンといこう」と気楽な気持ちで普通の生活をするように助言してあげて下さい。

      私は工科学校を卒業して3曹からパイロットの道を歩みました。元自にーのさん「ヘリパイ」記事は私の投稿ですので何かの参考にして下さいね。

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