元自にーさん(元自衛官)の自衛隊ブログ

新隊員、自衛隊や自衛官に興味がある人に自衛隊について色々と学んでもらえるようなブログを目指しています。

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ヘリパイを志したが途中で辞めていく若き才能たち-航空学校教官が考えていること

      2016/12/13

後期教育が始まってしばらくしたある日、一人の学生が辞めて帰りました。

いつも明るく前期教育では私が資料作りをお願いすると快く手伝ってくれましたし、パソコンが良く分かる優秀な学生だと思っていました。

彼は、航空学校〇〇校で操縦教官室長をしている子供さんでしたので教官室長の期待もあったでしょうし、悩みがあれば打ち明けることはできなかったのかとても不思議でした。

なぜやめたのか担当教官に聞いたところ、「とても生意気な口をきく。俺は絶対あいつを許さない。」と言うのです。

「君の意見は聞いていない。彼の何が悪かったのだ?」と大喧嘩したことがあります。前期教育ではリヤカーを引かせても頼りないような学生もいますが、それでもいつか一人で空を飛べるようになるのか見極めるのが教官です。

操縦技術が向上しなかったのも態度が悪い原因も教官側にあったことも考えられます。

その学生はヘリパイとしてやっていける学生だと思っていましたのでどうしても納得できず、辞めさせた担当教官とも仲違いするようになり、私自身もそろそろ辞め時かなと考えるようになりました。

担当教官が違って順調な成長があったとしたらとんでもない間違いをしたことになります。成長が期待できる学生を辞めさせることは絶対に許されないと思うのです。本当にその学生には申し訳なかったと今でも腹が立ちます。

航空自衛隊のパイロットの子供さんが25時間の査定にどうしても合格せずに辞めて帰りました。

地上ではとても礼儀正しくいい青年でしたが、航空機に乗ると硬くなり操縦に力が入り地面に近づいて速度を減らすような操作をするにしても機械的でどうしても形になりませんでした。

どう教えれば分かってくれるのか教官同士の話し合いでいろいろ手法を変えてみましたが進歩が見えず、私も一度、操縦教育を担当しましたが、明るい展望が見えませんでした。

どんな学生でも教えれば何とかなると思っていましたが、そうではない現実に悩みました。

同期生もどうしていいか悩み、教育課程全体の問題としてみんなで考えましたが、査定を繰り返しても学生の技量に進歩が見られず、残念ながら辞めて帰りました。操縦教官として一番辛い時はこの時です。

大阪八尾で勤務した時、「教官は私の恩人です。」という学生がいました。彼は計器飛行の査定で再査定を繰り返し、翌日の査定で不合格なら辞めて帰ることになっていました。

私の担当学生ではありませんでしたが、見た目ではしっかりしたいい学生だと思って何も心配していませんでしたが、辞める話が出てきましたので、前日のシミュレータ教育は私が担当しました。

通常なら交代で搭乗しますので一人1時間程度の訓練ですが、ほかの学生には「今日はT学生の教育をするので君たち搭乗なし」といって、T学生には「俺の言うとおりにやれ」とだけ言ってシミュレータに搭乗させ、彼の操作の一部始終を見ながら悪いところを直しました。

翌日、教育課長直々の査定、大緊張のあまり失敗するかと心配していましたが、終了後、教育課長が一言「何が悪いの?」見事合格したわけです。今では沖縄でUH60のベテラン機長として勤務しています。

ヘリ射撃



間違いが許されないのは教官側

教官の話を持ちかけられるのは学生時代に操縦技量がトップではない人だと聞いたことがあります。学生の苦労が分かる人だそうです。

ある任務を終了して操縦教官の話があるヘリパイと飛行中、広島西付近で、左後方から私たちに接近しているヘリを見つけました。

彼が気付かないので「トラフィック分かってる?」後方から来る航空機は見えないかもしれません。私が知っていたのは広島西空港と交信している航空機の位置と飛行方向を聞いていたからです。

もちろん彼も聴いていたと思いますが、自分に関係ないと思えば聞いても抜けてしまうだけです。

広い田んぼ道の交差点で車同士衝突する事故がありますが、お互いにある速度と方向で移動していると見える位置が同じ位置のために衝突直前まで気がつかない状況をコリジョンコースと言いますが、空中を飛行する航空機にもあります。頭や体を動かしてフレームの死角やコリジョンコースに入っているトラフィックがないか注意が必要です。

機内でそんな話をした彼も今では立派な操縦教官として宇都宮で勤務しています。

鬼怒川河川敷を飛行中に電線に引っ掛かって墜落し死亡した事故がありました。

電線を失念していたと言うにはあまりにも代償が大きく、死亡した学生の奥様は生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて泣かれていました。

飛行中に電線は見えない状況もあります。しかし電線があるところは鉄柱があります。鉄柱があるところには斜面や山や平地などがあります。

飛行高度をそれ以下に下げるときは周辺に鉄柱や線状障害物ないか、しっかり確認することが重要です。亡くなった教官にとやかく言えませんが失念したでは許されないのです。

山中でホバリング中に他の教育ヘリと衝突して墜落し死亡した事故もありました。私の生徒時代の同期生が教官でした。

山中をお互いに別経路を飛行してある位置で合流するという訓練をしたことがあります。戦闘地域を飛行する時に全機が同じ経路を飛行すると、敵の攻撃を受けたら全滅するリスクをなくすためです。

しかし出会い頭に衝突するリスクもあります。時間で調整するか合流地点を見晴らしのいい場所に選定するなど、絶対に事故を起こさない対策を事前に確立することが必要です。

水面に気付くのが遅れ水没した事故がありました。教官は私の操縦学生時代の同期生でした。思った通りにパワーが出なかったのか錯覚が生じたのかはわかりませんが、操縦教育中に水面に衝突するような高度まで下がる必要があったのか疑問です。

飛行場内でホバリング移動中にテールを地面に接触させて横転した教官もいます。彼は事故後のコメントで、「けががなかったことは自分を褒めてやりたい」などと言っていましたがとんでもない。

横転した段階でもう教官失格なのです。

教官側のミスで起こした事故を紹介しましたが、「そんなこと言ったって人間だもの。あなたも間違いをするでしょう。きれいごとは言わないで。」と思われる方もおられるでしょうが、操縦教官は学生の命を預かっています。

広島西のトラフィックひとつとっても些細なことと思うようでは教官資質に疑問を感じるのです。教官の判断ミスで事故を起こすことは絶対に許されません。

前段6・近距離火力・ヘリ火力3-5_AH-64Dの30mm機関砲射撃



ヘリを操縦していて危険を感じた経験

私自身、今考えるとヒヤリとすることもあります。梅雨時期に九州から宇都宮に飛行する任務がありました。

宇都宮にある富士重工が整備拠点になっていて多用途ヘリや戦闘ヘリの定期整備はここに持ち込むのです。

6月下旬の雨がザーザー降る中「こんな天気でも行くのですか?」UH-1という機種には自動操縦はありませんが、計器飛行には対応していましたので、「計器飛行方式による飛行」で行く決心をしたのです。

飛行中はどしゃ降りで建付けの悪いUH-1ですのでドアの隙間やノーズから雨水が流れ込み、雑巾で拭き取りながらのフライトでした。

途中、大阪で燃料補給をして離陸をしたのですが副操縦士が設定する航法無線周波数が違っていて「間違っているぞ」「そんなはずはないのですが・・」何とか間違いを見つけましたが、天気が悪くて外が見えない中でこのようなエラーは危険なのです。

その後、東京付近では大雨の中、副操縦士が無線を聞きとれない状況でした。

東京コントロールが何を言っているのか理解できないのです。私が交信をしましたが、副操縦士たちは修行が足りない事が分ったと思います。

その後、立川飛行場にGCAで着陸しましたが、着陸直前まで滑走路が見えない着陸の最低気象条件に近い状況でした。

私が今になってヒヤリとするのは、航空機を信頼して飛行していましたが機械ものですので故障が起きないとも限らないわけです。

外が見えない状況でエンジンに故障が起きたらどうするのかと問われると答えられないのです。UH-1はエンジンが1基ですので故障が起きたら不時着です。

どしゃ降りの中で不時着適地が見えるのか考えると本当に何もなくてよかったと胸を撫で下ろすのです。搭乗者は機長を信頼して乗っています。

事故を起こすことは絶対にあってはならないのです。飛行しているのだから絶対安全はないだろうと思われる方もおられるでしょうが、機長は絶対安全を確保しなければいけません。

航空機のエンジンが故障しても安全に地上に生還しなければならないのです。今になってどしゃ降りの中で人を乗せて単発のUH-1では計器飛行をすべきではなかったと反省しています。

当時の副操縦士たちは良い経験をしたと考えてくれている人もいると思いますが、4月6日に航空自衛隊飛行点検隊のU125が鹿屋で墜落しました。飛行のプロ集団でも僅かな判断ミスが引き起こす事故を避けられない時があります。

これからの自衛隊を担うヘリパイ達には困難な状況でも安全に任務を完遂できる能力と自信を持ってもらいたい半面、事故だけは絶対に起こさない絶対安全なヘリパイであってほしいのです。

どしゃ降りの飛行の後、飛行隊長との意見の違いもあって私は地上勤務をするようになりました。フライトがとても好きでしたので地上勤務は私にとってはストレスでした。

人生、良い時もあれば苦しい時もあります。地上勤務のおかげでどんな資料作りでも苦にならず要求通りこなせる自信はできました。しかしヘリに乗りたい欲望は今でも続いています。

その欲望は意外な方法で解決しつつあります。それは身近なことですがバイクです。これまでバイクにはあまり興味も縁もありませんでしたが、革ジャンを着てヘルメットを被りフライトで使っていた手袋をつけてグリップを握ると気持ちがいいのです。

マグナ50というミッション車を買って楽しんでいましたが自動車専用道路や高速道路を走りたくなり、今月5月からは自動2輪の免許を取りに自動車学校に通い始めました。

教習車はCB400ですが、2輪の不安定な感じとエンジンのレスポンスの良さが心地よいのです。

自動車学校で教えてくれる教官を見ていると昔の操縦教官時代を思い出しました。教官によって個性があり受けるイメージも随分と違います。

褒めて教えてくれる教官はとても気持ちが良いのですが、自分の悪いところがよくわかりません。厳しく叱る教官は教育を受けていて緊張するしあまり気持ちはよくありませんが自分の悪いところがよくわかるのです。

教育者は自分の教育法が良いか悪いか分からないものです。それを教えてくれるのは学生の成長だと改めて感じています。

来月初めに免許が取れたら行ったことがない場所に足を延ばし人生を楽しみたいと思っています。

ライター:元航空学校教官

 - ヘリパイ






Comment

  1. あああ より:

    これ書いてる方はそれなりのお年の方なのでしょうけれど、日本語かなりヤバいですね。まあ、自覚もないんでしょうけれど。

    パイロットというお仕事はコミュニケーションを正確に取らなきゃ命に関わるものなので、ちと怖く感じました。

    • 元自にーさん 元自にーさん より:

      ぼくには日本語がやばいという認識はありませんが・・・

    • 元航空学校教官 より:

      コメントありがとうございます。
      航空機と管制との通信は英語を使用します。

      特に関東エリアではICAOでコントロールしている羽田とFAAの横田が混在していることから、管制英語も違う特性があるため、航空学校で操縦教育に従事していたころは機内では英語を使うようにしていたのでそのまま記事に表現しました。

      聞き苦しい点はお許しください。

  2. 元航空自衛隊第6高射群 より:

    現在息子が九州の幹部候補学校(陸上)でしごかれていると思い・・
    「・・途中で辞めていく若き才能・・」を読ませていただきました。
    先輩や上司の人間関係で悩んで辞めた自分を思い出しました。
    息子にはそんなんで苦しんでほしくないな。

    • 元航空学校教官 より:

      コメントありがとうございます。
      幹部候補生学校でのしごきは幹部自衛官としての基礎を作るところですから、耐えていただきたいところです。

      私がこの記事で言いたかったのは、教官の能力や性格で学生を困らせたり辞めさせてはいけないということです。

      教官は、学生の性格や能力を引き出すのが役目だと思います。

  3. 元航空自衛隊第6高射群 より:

    それと自分もバイクの中型免許をとって現在は大型二輪 楽しいっすね

    • 元航空学校教官 より:

      大型は60歳を迎える私には取り回しが出来そうにありませんので、マグナ250を購入して楽しんでいます。
      マニアックな話ですが、タンクの「スピリットオブフェニックス」というエンブレムが気に入っています。これでいつかは北海道を走りたいと思います。

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