元自にーさん(元自衛官)の自衛隊ブログ

新隊員、自衛隊や自衛官に興味がある人に自衛隊について色々と学んでもらえるようなブログを目指しています。

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陸上自衛隊『ヘリパイ』が見た東日本大震災

      2016/12/12

私が仙台にいた時「宮城沖地震」が発生し、昼食時で茶碗を持ったまま外に飛び出したことを鮮明に覚えています。

食堂のガラスがバリバリと音を立てて割れ、電柱のトランスがボトボト音を立てて落ち、道路が飴のようにグネグネ波打って仙台の街全体を破壊しました。その後、阪神・淡路大震災、4月24日に発生した熊本地震では震度7が2回も起きるという前代未聞の大震災が発生したのです。

東日本大震災が起きた時、私は大阪にいました。テレビをつけると東北で大津波が発生し、海岸線から家や車が津波に流されている映像を見て、大変なことが起きた事を知りました。若い頃に約7年間住んで思い出が詰まった菖蒲田から荒浜までの海岸、家や学校までもすべてを飲み込んでしまったのです。

私の長男は、当時茨城の海岸でサッカーの試合をしていましたが電話をしても連絡が取れない状況がまる1日続きダメかと思いました。津波情報を聴いた試合関係者の誘導で避難して難を逃れたそうです。

本当によく避難誘導してくれたと今でも心から感謝しています。

23.3.16 高田駐屯地隊員:捜索①



被害状況の確認

大地震が発生すると、飛行部隊はすぐに航空機を飛ばします。航空自衛隊など戦闘機部隊もまさに数分後に飛行を開始します。

戦闘機は、津波の発生がないかを見るために海に行くと聞いたことがあります。自衛隊ヘリもすぐに飛行します。地震から30分以内に偵察ヘリ、1時間程度で救助の準備をした多用途ヘリを離陸させます。

航空自衛隊が数分後でなぜ自衛隊ヘリは30分もかかるのか。ヘリはいつも格納庫に格納しています。出勤に手間取ると離陸が遅れますので、毎日交代で自宅から離れないレスキュー隊員を指定するのですがそれでも出勤に10分、格納庫からヘリを出すまでに10分、エンジン始動に7~8分はどうしてもかかるのです。

1分でも早くと、みんな必死で走りまわります。この間に気象の確認、フライトプランのファイル、隊長への報告、ヘリの装備品の準備、飛行前点検など機長と副操縦士、整備員で手分けして準備します。

対戦車ヘリが偵察する場合もあります。阪神・淡路大震災の時に対戦車ヘリが飛行しているのを見た市民から非難を受けた事がありますが、状況を素早く把握できる対戦車ヘリは重要な手段なのです。

倍率をあげて画像を捉えることもできます。熊本地震では、航空自衛隊の戦闘機が夜中に飛行して何が見えるのだという非難がありましたが、まずは空から見るのです。何も見えなければ停電がどこまで広がっているのか見るのです。

救助活動

できれば着陸してたくさん一度に救助できればよいのですが、被災現場で着陸できるところはなかなかありません。

建物の屋上など障害物がなければよいのですが、避雷針やテレビのアンテナ、ケーブルなど近くに行かないと見えない障害物が多数ある中での着陸強行は危険です。

ヘリの重みに耐えられず建物が崩れ落ちる可能性もあります。

余談ですがテロの脅威を想定し、建物の上にリペリングで戦闘員を降下させ攻撃する訓練をしますが、自動操縦がない多用途ヘリを高い建物の上に停止しておくのは難しいのです。

ホイストで吊り上げて救助する光景はよく目にしますが、ビルの屋上などに一点停止しておくことはプロの技といえます。

ロープを垂らして下を見ている整備員が「もう1メートル右」「その位置」などと誘導しているのを聴いて僅かな修正操作を繰り返しているのです。

ここにセットリングという悪魔が住んでいます。ホバリング中のヘリが突如旋転に入って墜落する光景をテレビなどで見られたことはありませんか?

ヘリは、メインローター回転の反対方向に回ろうとします。それを止めているのがテールローターです。

ところが重荷重や風の影響などでテールローターの推力では止めきれなくなるとヘリは旋転を始めます。更に旋転によりテールローターの推力で発生した空気流の中にテールローターが入り込むボルテックスという状況になったらもう旋転を止めることはできません。

後は墜落するのみです。操縦教官時代に上空3000ftでホバリング教育中、「おい、後進しているぞ」と言ったとたん、グルグル回り始めました。

慌てて操縦を代わり、グルグル回りながらピッチレバーを下げオートローテーションに入れて抜け出した事があります。

高度があったから回復できましたが、ホイスト救助中にボルテックスに入ったら救助中の患者さんまで巻き込んで大変なことになります。

オートローテーションでなんだ?と思われた方がいらっしゃると思いますので少し説明しますが、ヘリは左手にピッチレバーがあります。

これを上に引き上げるとメインローターの向角が大きくなり、より大きな揚力を発生することになります。

逆にピッチを下げると向角が小さくなり、揚力も小さくなります。オートローテーションとはピッチを最低にし、ヘリのエンジン推力がない状態にしてメインローターが風を受けて風車のように回転している状態のことです。このメインローターはととても重いのです。

回転しているということは、ポテンシャルエネルギーがあるわけです。地面に近付き、オートローテーション着陸する場合は最後の最後にピッチレバーを上げて揚力を稼ぎ軟着陸するのです。どのヘリコプターもオートローテーションは理論上できるよう設計されています。

しかし、エンジンが2基以上あるヘリは同時に2個のエンジンは停止しないことを前提としているので、エンジン1基が止まっても、もう1基で安全に着陸できるためオートローテーション性能はあまり重要視されていません。

オスプレイが危険と言われたのは、設計上、エンジンが停止した時にオートローテーションができないのではないかと思われたことです。

しかしオスプレイもエンジンは2基あります。左右別々のエンジンでは片方止まったら墜落?と思われるでしょうが、オスプレイの左右のプロペラはシャフトで繋がっています。どちらかのエンジンが停止しても傾きはしないのです。

もう1基のエンジンで安全に着陸できます。オートローテーションはできるのかと言われると、できる状態はプロペラを上に向けた着陸態勢なら理論上できると言えます。しかし、プロペラを前に向けた固定翼の状態からプロペラを上に向けてオートローテーションに入るのには十分な高度がないとできないと思われます。

セットリングの話に戻りますが、山中でヘリが荷物をたくさん吊って、着陸寸前でドシャッと墜落する事故をテレビで見た事あると思いますが、これは、メインローターが自分の吹き下ろした空気流にローターが入って、ピッチを上げても降下するセットリング状態になり、ドシャッと墜落してしまうのです。

これも、高度があればピッチを下げて前進すれば回復できますが、救助中は回復操作する余裕はありませんので、風向・風速、ピッチ・ラダーの余裕などに注意し、少しでも兆候があったらすぐに中止をする決断が必要となります。

自衛隊には衛生部隊があります。生命維持装置を自衛隊ヘリに積んで救助に行くこともあります。

点滴や酸素ボンベ、応急処置ができる器材を積んで、医官や看護師を同行しての救助はドクターヘリのようです。

私は実際に救助したことはありませんが、訓練では衛生隊の女性隊員がお互いに点滴を実際に打ち合って、飛行高度による気圧の低下や酸素量の減少の影響を自ら体験しているのを見て、注射が怖い私はそのプロ意識に涙が出るほど感激したことを覚えています。

余談ですが、パラシュート部隊もヘリで飛びます。彼らは目的地付近に到着すると躊躇なく飛び降ります。操縦しながら振り返って見ると、頭から飛び降りていく様は本当に頼もしい限りです。

多用途ヘリから機関銃を撃つこともあります。戦闘部隊を敵地に降ろす際に反撃を受けたら対戦車ヘリの掩護の中、ヘリに取り付けた重機関銃をバリバリ撃ちながら着陸するのです。

重機関銃の威力は絶大です。軽装甲車などは貫通します。

23.3.13 10D:ボートでの救助(名取市)



原発のメルトダウン

福島第1原発がメルトダウンし、放射能が飛散した状況になりましたが、このとき、自衛隊ヘリは仙台に集結中であり、各地から連絡幹部を空輸する任務を行っていました。

私が乗るヘリは、飛行中に操縦桿が固着する不具合を起こしたため、残念ながら空輸任務は別のヘリに交代しました。福島周辺を飛行する自衛隊ヘリは、原発の映像伝送が任務でした。

ヘリに機外搭載しているテレビカメラで一日中交代で原発の周りを飛行し、映像を総監部に送るのです。ガムテープでドア付近の隙間を塞ぎ、操縦席の足元に鉛の板を張り、操縦士は防護服に身を包みガスマスクを着けるという完全武装でしたが、これでいいのか不安はありました。

しかし、任務をしないという隊員は1人もいませんでした。それどころか、福島に水を撒けと言われたら俺がやると高齢の操縦士同士が話し合っていたのです。高齢だからもうよかろう、若いやつには将来がある・・と。ヘリ団のCH47が水を撒きましたが継続する時は交代でやる覚悟が皆にありました。

23.4.5 11B:医療支援・血圧測定(山田地区船越)①

支援物資空輸におけるWACの活躍

被災地への支援物資が各地から続々送られてくる中で、避難所に運ぶ手段としては、道路が分断する中、ヘリがとても役に立ちます。

しかし、それぞれの避難所ごとに違うニーズがあるのです。共通して言えるのは水・食糧は継続して必要です。しかし、その量の判断は、避難者の人数を把握していないとできません。

自治体や役場は仕分けや被害の把握で精いっぱいの中、ニーズまで把握できないのが現状です。米軍は、避難所を見つけては支援物資を降ろして回りました。

しかし、機体が大きいため狭い所へはなかなか行き届かない中、自衛隊ヘリは「御用ヘリ」という作戦をしました。SOSと地面に書いてあったり、人が手を振っているのを見たら着陸して何が必要か聞いて回り、ニーズにあった物を空輸したのです。ここで活躍したのはWACです。

物が届かずいきり立っているときにヘリからWACが駆け寄り「何が必要ですか」と聞いてくれるのですから。まさに地獄で仏だったと思います。

男子隊員には分からない女性用用品なども気持ち良く頼めるわけです。これはとても感謝されました。みんな手を振って見送ってくれました。

自衛隊ヘリの運用は総監部にある指揮所が統括していましたので、飛行任務はそこから各部隊に伝達されましたので、「御用ヘリ」は任務外であり、飛行隊長の意見具申により許可されたものでした。しかし、現場の状況をよく知っている飛行隊長の英断だったと思います。

WACはとても優秀です。狭き門を突破して自衛隊に入り、難関の陸曹候補生に合格し、部隊配置後は職種教育を受け、航空科の場合は整備特技まで取得し、体も小さく男子隊員より力も劣るはずなのにそんなそぶりも見せず、男子隊員と同等かそれ以上の実行力があるのですから。

「御用ヘリ」に搭乗したWACも航空機を任された立派な機付長でした。ヘリが着陸すれば飛行後の整備、燃料補給、野外係留、飛行記録の整理と本当によくやってくれたと思います。

彼女たちは、野外訓練で演習場に行っても男子隊員と寝起きも同じです。すべて特別な扱いはありません。

夜中に着陸したヘリを真っ暗な中、ときどき最小限の光を使うほかは電気もつけずに整備をしています。機付長ならそれを一人でやっています。手を貸そうとしても断られます。

自分のヘリは自分の責任なのです。ヘリが離陸するときはどこからか電源車を運転してきて繋ぎます。

エンジンがかかったら電源車を移動させ、ヘリの最終点検をします。良ければ機長にOKの合図をして乗り込むか、地上で待機する場合は離陸の誘導をします。

山中でヘリが離陸するときはすごい埃や飛散物の巻き上げがあります。ダウンウォッシュも強いため、体重の軽いWACはころころと転がる場合もあります。

飛散物がバチバチと顔や体に当たるのに耐え、小銃を担ぎ、ゴーグルで埃から目を守り誘導棒を振って離陸までしっかり誘導してくれます。

ヘリはできるだけ敵の目につかない場所で狭いところに着陸するので離着陸の誘導はとても重要です。誘導が甘いと樹木に当たったりして大変なことになるのです。彼女たちは決してマスコットではありません。飛行隊の重要な戦力なのです。

余談ですが自衛隊ヘリパイにもWACがいます。私が操縦教官時代に3名卒業しました。男子から見れば、結婚して子供を産んでヘリパイができるのかと思いがちですが、みんなしっかりしています。

そして頭の良さは別格と言っていいです。子供を産むとか彼女たちには別問題なのです。仕事は仕事と割り切っていますので、男子がとやかく言う必要はないのです。海外派遣に行っているWACヘリパイもいます。いつか話が聞けることを楽しみにしています。

札幌勤務時代に前期の女性自衛官教育の区隊長をする機会がありました。昔は前期教育を方面隊で教育隊を作り教育していたのです。

1期が約100名を3個区隊に分けて教育していました。男子の班長とWACの班付、WACはそれぞれお気に入りの班長がいて、恋心を抱いていました。

男子の前期教育と比べるとWACの素養の高さと豊かな感情がこちらに伝わり小銃の分解結合一つとってもレベルが違うと感じました。

ある時、小銃の分解結合が終わったWACは起立するよう言ったところ、私たちでさえできないほどあっという間に仕上げるWACがいました。

褒めていいものやら、なにか注意したらいいのやら、今なら褒めたでしょうが、若かった私は「体で覚えずに本番の試験で失敗しないよう頭で覚えてくれ。」と言ってしまったのです。

その後、彼女はミスをするようになりました。教育って本当に難しいのです。

少し話がそれましたが、WACはとてもよくやってくれます。それはどこの部隊でも感じていることと思います。でも女の子ですから、幸せな結婚をしてほしいという気持ちは親心でしょうか。

余計なことと言われそうですが、頑張ってくれているから幸せになってほしいと思うのです。



東日本大震災・教訓の反映

阪神・淡路大震災や東日本大震災で経験した教訓は、熊本地震に反映されたのでしょうか。

テレビのニュースを見ていると支援物資が行き届かないと言っている割には支援物資は足りているとの報道もあり実際のところはよくわかりません。

幹線道路が大渋滞し、インフラが止まっている被災地、避難所に支援物資を届けるのは大変な状況のように見受けられます。

自衛隊ヘリを使わないのは事故が怖いからでしょうか、確かに事故は困ります。しかし、地上整備員と連絡幹部等を先遣し、しっかりした誘導と現地調整をしてあらゆるニーズに答え、安全に任務を実施して国民の負託に答えて欲しいと元操縦教官は思います。

ライター:元航空学校教官

 - ヘリパイ, 災害派遣






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